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池田 寿夫

(いけだ ひさお)

1906(明治39)年8月15日〜1944(昭和19)年11月9日
本名横山敏男。中央区(旭町通)に生まれました。父の早逝により、母が旭町通で下宿業を営みながら敏男を育てました。
1913(大正2)年、新潟尋常高等小学校(現・新潟小学校)に入学。坂口安吾は同級生。安吾の自伝的小説「石の思い」には、「1番は必ず山田というお寺の子供で2番が私か又は横山(後にペンネーム池田寿夫という左翼の評論家か何かになった人である)という人で、私はたいがい横山に負けて3番であったように記憶する」と書かれています。
旧制新潟中学校(現・新潟高等学校)から旧制新潟高等学校(現・新潟大学)の医学部コース、理科乙類を選んだが、入学後次第に社会主義思想に傾きました。校友会雑誌に「プロレタリア文学を論ず」(1926<同15>年)を載せたり、新潟新聞に「現代文学の欠陥」(1927<昭和2>年2月22日)を発表したりしました。東京大学農学部農業経済学科に進学し、新潟高等学校卒業生をあつめて同人誌「鍛冶場(かじば)」を創刊、「反逆精神と闘争意識」をスローガンとしました。大学卒業後、日本プロレタリア作家同盟で働いていましたが、1933(同8)年、宮本顕治と時を同じくして警察に検挙されます。
1939(同14)年春、満州に渡り満州糧穀会社に勤務し結婚。結核を発病し、彼の地で亡くなりました。
著書に「日本プロレタリア文学運動の再認識」「満州水稲作の研究」などがあります。

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