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中田 みづほ

(なかたみづほ)

素十・虚子・みづほ句碑 (白山公園内)

素十・虚子・みづほ句碑 (白山公園内)

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1893(明治26)年4月24日〜1975(昭和50)年8月18日
本名瑞穂(みずほ)。島根県津和野町に生まれました。父も医師。号はほかに瑞翁、りょ翁。旧制第六高等学校を経て東京帝国大学医学部を卒業。29歳で新潟医科大学外科教室へ助教授として赴任。高浜虚子の門下として東大俳句会を創設しました。1929(昭和4)年から俳誌「まはぎ」を主宰し、高野素十と共に客観写生を提唱し実践しました。
ホトトギス同人で、師虚子から、みづほ、素十、浜口今夜は「新潟の三羽烏」と称されました。晩年は、書や画にも天分を発揮して會津八一と心友の交わりを深め「心友合作」を刊行しました。八一の主治医でもありました。
句は「団扇もて万代橋を見に来たり」「新潟の里芋と菊今旨し」「新盆の秋艸堂の石畳」などがあります。なお笹神村の「やまびこ通り」に「かなかなや念腹の句碑すでに古り」も建てられています。
1950(同25)年、新潟日報文化賞、1967(同42)年、文化功労者、翌年には日本学士院会員に推挙されました。墓は中央区西堀通4番町法音寺にあります。

(「りょ翁」の「りょ」は禾へんに魯)

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