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吉屋 信子

(よしやのぶこ)

1896(明治29)年1月12日〜1973(昭和48)年7月11日
新潟市営所通(現中央区)にあった県庁官舎で誕生。父雄一は当時新潟県警務課長。2歳の時、佐渡郡長になった父と一緒に相川町(現佐渡市)に移り4歳の春まで佐渡で過ごしました。さらに北蒲原郡長に転出した父と新発田へ。のち栃木県へ移り、栃木高等女学校(現・栃木女子高等学校)を卒業しました。
1919(大正8)年、女学校在学中に大阪朝日新聞懸賞小説に応募した「地の果まで」が1等に当選、150回にわたり連載されました。また雑誌「少女画報」に投稿した「花物語」が好評で、10年以上も連載され少女小説のベストセラーになりました。
文壇的地位を確立して、大正中期から昭和にかけて大衆的現代小説「女の友情」「良人の貞操」を発表。良識的ヒューマニズムは話題を呼びました。
戦後の長編「安宅家の人々」は、国内だけでなくフランス、デンマークでも訳され出版されました。1952(昭和27)年に書いた短編小説「鬼火」は第4回女流文学者賞を受賞。人間の情念をいきいきと写しとったこの作品は、作者の純文学作家としての力量を世に知らしめました。
さらに、「女人平家」「徳川の夫人たち」「自伝的女流文壇史」等の力作を発表。伝記・随筆等にも新境地を開きました。高浜虚子の弟子として女流俳人としても知られています。
鎌倉市長谷に優雅な和風の居をかまえて、終生の友人門馬千代子と生涯を共にしました。

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