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天地人ゆかりの地「天神山城址」

北征の重要拠点だった、天神山。
兼続の弟、大国実頼が天神山城主に。

 直江兼続の2歳年下の実弟、大国実頼は20歳のときに、上杉景勝の命により天神山城主となりました。天神山は、新潟市の北西部、岩室温泉街のすぐ裏手にあり、景勝・兼続軍の北征の重要拠点でした。山城には石塁や空壕、物見台、天然の水源である瓢箪池、武者溜り、本丸跡などが今でも残されています。

天神山城址

天神山城主 大国実頼 (てんじんざんじょうしゅ・おおくにさねより)

みらいくんとおえいちゃん

坂戸城主の家臣樋口家の次男与七実頼。
「天地人」の主人公上杉景勝の家老直江山城守兼続の弟。
天正10年(1582)、上杉景勝の命により小国重頼の養子になり天神山城主となる。知行高9,041石は上杉家中では兄直江兼続に次ぐ屈指の大身。
天正15年(1587)、景勝の命により小国を大国に改め大国但馬守実頼となり、景勝の賀使として聚楽第で秀吉に謁し、会津移封後は関東への護りの要、西会津の南山城24,300石の城主であった。

 

小国氏と上杉氏・直江氏・樋口家

小国氏と上杉氏・直江氏・樋口家

天神山歴代城主【略年表】

名族小国氏は清和天皇を祖とする由緒正しい源氏の系統と伝えられている。

1153(仁平3年)

源三位頼政の弟頼行

小国保に住み、小国氏を号し天神山に城を築き嫡子宗頼を住まわせる

1176(安元2年)

小国頼継(頼連)

天神山初代城主(小国頼行嫡孫三郎)

1188(文治4年)

小国頼連

頼政の子小太郎を養子として迎え、小国吉政と名づけ松岳山城を築き居城させ天神山城の支城とした

1335(建武2年)

小国政光

新田義貞と共に鎌倉足利尊氏征討。政光率いる越後南朝軍として信濃川、阿賀野川に水軍を縦横無尽に進ませ北朝軍と戦った

1352(正平7年)

小国頼景

天神山城松岳山城を復城

1554(天文23年)

小国頼村

川中島に着陣し、武田晴信と合戦する(天正5)
上杉謙信武将17順位

1560(永禄3年)

小国重頼

謙信公に属し攻城野戦で武勇あり、北条氏康と接戦して戦功あり

1582(天正10年)

小国実頼

小国重頼の養子となり、天神山城主となる

1587(天正15年)

大国実頼

上杉景勝の命により小国から大国但馬守実頼になり、豊臣秀吉の新築聚楽第に上杉家の賀使として秀吉に謁する

1598(慶長3年)

大国実頼

上杉家が会津移封となり、同時に大国氏も西会津に移り445年の間続いてきた天神山城は廃城となる

 

[編集]石瀬・岩室史跡保存会