81万人の港町・新潟
篠田昭(新潟市長)
最後のまとめをせよということでございまして、なかなか難しいんですが、原先生の話を聞いて北前船、西回り航路がどのような産品を積んでいたかというものを見て、江戸時代というのは、それぞれの地域に個性があって、それぞれの特産品を作っていたのだなあと感じました。日本全国、同じような町になったと言われますけれど、我が西回り航路の諸都市は、太平洋側では見られなくなってしまった素晴らしい景観や港町情緒、文化、これが十分にある。これを地域として磨く必要があるというのが第一点かな。残念ながら北前船のように小回りの利く人を乗せる船がありませんけれど。今日は地域の魅力をたっぷりと聞かせていただきました。それぞれの町と新潟市民が結びつくということは、十分にできたと思っております。交流の拡大のためには、その地域が目的地にならなければならない。横浜の夜景、これは見に行く目的であります。そういう目的地を日本海側に作って行くことが重要だと思いました。
もう一つは対岸への航路。空路でもいいんですけれど、私たちとしてはやはり航路。日本海物流大動脈にアクセスをする。そういう面で新潟をはじめとして、日本海側でコンテナの取扱量が増えている。太平洋側を伸び率では、はるかに上回るというふうに動いているわけです。新潟は、昨年やっとコンテナの取扱量がトップテンに入りました。これが五大湖に並ぶのは難しいですが、新潟がトップシックスくらいに入って来ないと、日本海大動脈へのアクセスが不十分である、ということなんだろうと思います。敦賀が関西経済圏を背負い、酒田が仙台東北経済圏を背負っているということで、まあ経済圏が違いますので、その力を生かしてコンテナの取扱量を着実に伸ばし、日本海側に物流拠点をシフトしないと、東アジアの時代に対応できないんだということを、首都圏の人に分からせる必要があると思っています。
そういう意味で、先ほどからエールを送ってもらっている2008年のサミット。これを是非とも日本海側でもやってほしいと思っております。ちょうど安政の五カ国条約から150年の節目であるというのを活用させていただいて、日本の近代化150年を振り返り、これからの150年、東アジアの時代を展望する。そんなサミットを、太平洋側、日本海側の開港都市で聞きたい、というのが私どもの願いであり、コンセプトであります。
日本海の汀に立って、まだまだ南北問題、東西冷戦、最貧困の北朝鮮と世界で最も豊かな日本が、五大湖よりも小さな日本海を挟んで向き合っているということです。日本海の汀に立って、世界の主要国がこれにどう対応するのか、これを考えていただきたい。G8は中国はまだ参加していませんが、陰の立役者。2008年にもそういうことになっていようと思います。サミットをぜひ成功させ、東アジアの時代に、太平洋側と並んで日本海側が大きな役割を発揮しないと日本が幸せになれない。日本が幸せにならないと東アジアも幸せになれませんので、日本海側の活用こそ重要であると、世界の首脳、何より日本の首脳に理解していただきたいと思います。
そういった面で、これからこの「北前船つながり」を大いに生かし、それぞれの経済圏を背負って活躍するとともに、地域の魅力を磨いてそれぞれの市民が交流する。行きたい時に出来るだけ行きやすくしていかなければならないわけで、今は福井県、あるいは京都府の日本海側、鳥取県は新潟から行きにくい地域ですが、どうすれば北前船の時のような行きやすい地域にできるのか、これを考えるきっかけにもしたいと考えています。
| ちょうど時間がきたようなので、5人の市長さんに、まずは感謝の拍手をお願いします。ありがとうございました。最後まで熱心に参加していただいた皆様に感謝申し上げ、このサミットを終了致します。ありがとうございました。
司会 市長の皆様、ありがとうございました。会場の皆様、御静聴ありがとうございました。 それでは以上をもちまして「81万人の港町新潟」を終了いたします。 |
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